Edinburgh(エディンバラ)旅行1日目2006年11月03日 07:18

夜のエディンバラ城
エディンバラへ行く。Yuのアフタースクールクラブはお休みにして、ケンブリッジに近いLuton空港まで車で行き、Easy Jetでエディンバラ空港まで。
 空港でレンタカー会社のカウンターでさんざん並んだ後に、ようやく自分の番になる。ところがカウンターの年配の男性に、「免許のCounter Partを持っていないので、今日車は貸せません」と言われた。よーく説明書を読むとなるほど小さく「counter partを持ってきて下さい」、と書いてある。借りるドライバーがどんな事故歴、交通違反歴があるのをチェックするために必要、と言うのである。正直言って、budoriはこの時まで免許証にCounter Part(プラスチックのカード式運転免許証と対になっている紙の用紙)があるのを知らなかった。そこに違反歴が記録されるのである。「今まで何度もレンタカーを借りてきたけど、CounterPartを求められたことはない」と言うと、「確かにチェックをしていない会社がほとんどだが、当社の立場からするとどうして他社がそれをしないのか?そちらの方がおかしい」。うーむ、「じゃあ車は借りられないの?」と聞くと「明日の朝、エディンバラ市内の支店に行けばコンピューターでチェックできるので、明日の朝なら借りられる」。うーん、すると夜の11時にバスに乗って市内まで行き、ホテルまで歩くのか、と考えるとどっと疲れてきたが、仕方がない。しかしこのままでは気分が収まらないので「この説明書に、『CounterPartとはプラスチックケースと対になった用紙で、それを忘れないで』、と書き加えないと、これじゃわからないよ。書き加えておいてよ」と言うと「それは確かにそうだ。イギリス人でもよくその部分を見落とす」。なーんだ、やっぱりそうなのか。ったく、わかっているならちゃんとカイゼンしておけよ、と言いたくなるのをグッとこらえて、笑顔で”Thank you”と言ってカウンターを後にした。紳士を気取るのは、日本人のbudoriには疲れる。
 バス乗り場からバスに乗り、街中に向かう。大きなサッカー場が見え、中村俊介もここでプレイしているんだろうな、などと考えながら景色を眺めていると、ほどなく市内の中心部に近づく。市内の丘の頂上にライトアップされたエディンバラ城、市中心部のマーケッなどが見えてくる。きれいな街である。
 宿(B&B)に着いたのは12時過ぎ。夜遅い時間でも、年配の主が親切に対応してくれた。部屋も広くて気持ちいいB&Bだ。

Edinburgh(エディンバラ)旅行2日目2006年11月04日 07:36

グラスゴーの中心部
エディンバラ市内のヨーロッパレンカターの支店へ行く。一応、違反歴はないので、普通通りの手続きで終了。レンタカーで、いざ、スコットランドへ。予定では、エディンバラ->グラスゴー->オバンをめざす。時間があれば途中でウィスキーの蒸留所にも寄る予定である。
エディンバラか40kmほど離れたグラスゴーを通過する。グラスゴーもスコットランドの中では歴史のある大きな街で、父が40年前にイギリスを訪れた際に、グラスゴーも立ち寄ったらしく、よくその話をしていた。ここもエディンバラ同様、古い地区と新しい地区がはっきり分かれていて、古い地区はエディンバラ同様、荘厳な雰囲気の建物が建っている。が、近代的な地区はオフィスビルのような建物や、高層住宅も建っており、エディンバラに比べると先進的な雰囲気がある。
 その後、イギリス最大の湖、ローモンド湖を通り、山の中へ入っていく。標高はそれほど高くないが、草と岩の山が連なり、その間を突き抜ける一本道は、以前訪れたことのあるイタリアのベルニナ山(スイスとイタリアの国境)の様な風景である。
この日は、オーバンに行くことはあきらめ、スコットランド独立のための大きな戦勝地であるスターリンを経由してエディンバラに帰ってきた。
街中のパブで、魚料理とスコットランドのエールを楽しんだ。

Edinburgh(エディンバラ)旅行3日目2006年11月05日 07:53

エディンバラ城麓で
 今日がスコットランド観光最後の日で、市内を観光する。まずはエディンバラ市内を一望できるカールトン・ヒルに登る。寒風吹きすさぶさびしい場所であるが、海も山も見え、景色はいい。
その後、エディンバラ城へ。解説を聞きながら歩くが、イングランド軍との激しい戦い、残酷な刑などの話が多く、ここにもイングランドの暴力の歴史を見た(スコットランドは元々イングランドとは独立した国で、1700年に統一するまでは取られたり取り返さしたりを繰り返す宿敵同士だった)。
 エディンバラ城の前にスコッチウィスキー・ヘリテージセンターで、ウイスキーを品定め。店員が各ウィスキーの特徴を説明してくれ、なかなかこれは楽しい。
空港までレンタカーで行き、駐車場に車を返した後、空港の駐車場を循環するバスの中で、スコットランドの正装をした紳士がトランクを持って乗り込んできた。スコットランドのこの服は実際の生活でも使われている事を知った。

Poppy Appeal2006年11月06日 07:57

ポピーの花をさすエリザベス女王
 イギリスには11/1から始まるPoppy Appealという募金活動がある。1918年の11/11に第一次世界大戦が終了し、アメリカの国防長官?(War Secretary)がJohn McCrae と言う詩人の詩に感銘を受けて、ポピーの花を売って、復員兵や家族のためにお金を集めようとしたのが始まりだそうだ。その詩は以下の通り。

In Flanders' fields the poppies blow
Between the crosses, row on row,
That mark our place: and in the sky
The larks, still bravely singing, fly
Scarce heard amid the guns below.

We are the dead. Short days ago
We lived, felt dawn, saw sunset glow,
Loved and were loved, and now we lie
In Flanders' fields.

Take up our quarrel with the foe;
To you from failing hands we throw
The torch; be yours to hold it high,
If ye break faith with us who die
We shall not sleep, though poppies grow
In Flanders' Fields.

ベルギーのフランダース(フランドル)は第一次世界大戦時に激戦が繰り広げられた場所で、多くの兵士がフランダースの野で亡くなったそうである(ベルギーの博物館でもその当時のフランダースの荒廃ぶりを撮した写真を展示していた)。11月になってから、街中でも小学校でも募金活動をしてポピーの花(造花)を配っていて、胸にさしている人が多い。戦後もイギリスは多くの兵士が亡くなっており、その活動は今も続いている。
 結有が「あのお花欲しい」というので、募金をして花をもらった後、調べてみて知った。

Show&Tell2006年11月08日 08:00

今日はYuのShow&tellの日。今週はLで始まるものを学校へ持っていき、クラスメートと先生に見せることになっている。家族で相談し、Lで始まるLavenderに関するものにすることになり、ラベンダーの香りのするクマのぬいぐるみを持ってゆく事にした。しかし、Hで始まるものを持っていた先週はHoleBook(穴の開いた本)を持っていったが、説明できなかった、と言うことを、はたと思い出した。テストのため、Yuに「今日はどうしてクマちゃんをもっていくの?」と聞くとやはり「うーん、わかんない」と言う。「Lavender(ラベンダー)だよ、言ってごらん」と何度も練習させた。10分後にもう一度「今日はどうしてクマちゃんをもっていくの?」と聞くと、また「うーん、わかんない」。「Lavender(ラベンダー)だよ、言ってごらん」ともう一度練習させる。家を出る前にもう一度「今日はどうしてクマちゃんをもっていくの?」と聞くと「うーん、Coriander!」。おかしくて吹き出しそうになるが「ちがうよ、それはサンドイッチに入れる香草!」。もう一度学校に到着してから「今日はどうしてクマちゃんをもっていくの?」と聞くと「うーん、Calendar!」。ったく、全然ダメだな、こりゃ。

 いつも図書館で仕事をしているのだが、今日はいつも同じように図書館にいる中国人が「いつもここにいるね」と話しかけてきた。中国の大学を出た臨床医で、生理学との融合分野を開拓しようとしているとのこと。見かけと違って、かなり気さくな人柄だ。
 
学校へYuを迎えに行くとラベンダーのクマちゃんを、隣に座っている友達の鼻に押しつけているのが見えた。Yuに聞くと、ちゃんとMrs.Jackson(担任の先生)にLavenderと言えたらしい。本番ではなんとかなったようだ。よかった、よかった。